おかえり南のウイスキー。Vol.3

樽の中の神秘。

熟成という神秘の時間のなかで、
ウイスキーはすやすや寝息を
たてている。

古い石蔵を利用したウイスキーの熟成貯蔵庫。
樽には黒々と焼き印が押されている。焼き印が「T」ではじまるのが、津貫(TSUNUKI)でつくられた原酒。
貯蔵庫には津貫だけでなくマルス信州蒸溜所で蒸留された原酒も熟成されている。長野生まれ、鹿児島育ちの原酒だ。



その土地の味

古い木の湿り気がふわっと顔をなでる。

かすかに果実のような甘い香りが鼻先に触れた。

ここはウイスキーを熟成させる石蔵の貯蔵庫だ。

「シェリー酒の樽が増えた分、甘い香りが目立ってきましたね。

熟成に使われる樽でも風味が変わるんですよ」と田中さん。

「この貯蔵庫では、シェリー樽やバーボン樽が多く使われています。

シェリー酒はワインの一種。

バーボンはトウモロコシを原料とするウイスキーです」。


熟成期間は短くて3年。

長いものは、20年、30年にもなるという。

「今日できた原酒の20年ものは、私が定年の頃にやっと飲めます」と田中さんは笑う。


「一つ一つの樽も生き物。

呼吸して外気を出し入れします。

その土地の山や川、畑の匂いまで、樽の中に溶け込むといわれていて、

それがウイスキーの個性の違いにもなるんですよ」。

育つ環境で個性が違ってくるとは、まるで人間みたいだ。


整然と並べられた樽の中で、

ウイスキーはすやすや寝息をたてている。

そうして、ゆっくりゆっくり育つのだ。


大酒飲みの天使

聖地巡礼のように蒸溜所をめぐる

ウイスキーラバー(愛好者)も増えていて、

ウイスキーが樽の中で神秘の時間を過ごす貯蔵庫は、

必見の場所だそう。


「樽の中のウイスキーは長い熟成期間のうちに、

少しずつ減っていきます。

これは世界的に〝天使のわけまえ〟と呼ばれていて、

貯蔵庫の中にいる天使が飲むんだと古くからいわれてきました」と田中さん。

目にいたずらっぽさを浮かべてこう続ける。

「温暖なこの津貫の貯蔵庫は、ウイスキーの減り方が早い。

つまり天使のわけまえが多いんです。

海外から見学にこられた方は、

津貫の天使は大酒飲みだなあ、と大笑いして盛り上がります」。


天使にも飲ませてあげるウイスキーラバーは、

どこまでもロマンチストでおおらかだ。


ウイスキーは〝時間を飲む〟飲みもの。
その贅沢さを、ここではじめて味わった。

寶常のバーではウイスキーや焼酎の試飲(有料)ができる。珈琲やソフトドリンクなども用意され、カフェだけでも楽しめる。テーブル席から眺める庭園の景色が素晴らしい。

ショップには限定のオリジナルウイスキーやワイン、焼酎などが並んでいる。

津貫産柑橘のジャムや坊津の天然塩など地元特産品、限定グッズなどバラエティ豊かに揃う。


心地よい飲み方

「実際に、ウイスキーを試飲してみましょう」と案内されたのが、

蒸溜所に隣接された「寶常(ほうじょう)」。

立派な日本家屋だが、

時を経たぬくもりがあるせいか中に入るとほっとする。

建物の中央には堂々とした重厚感のあるバーがある。

カウンターに並んだ僕たちに田中さんが

ウイスキーの入ったグラスを差し出してくれた。


「口に含んで舌の上で転がすようにして味わってみてください。

アルコールを少し飛ばしてから飲み込むと、

それほど早く酔わないと思いますよ」。

酒に強くない僕への気遣いがありがたい。


指南されたように口に運ぶと、

バニラに通じるほのかな甘味。

ゆっくりと飲みこむと、お腹の底でぽっと灯がともった。 

ちらりと横を見ると編集長は、

のどの奥に放り込むようにスッと飲み干す。

「はああぁ」。わけまえをもらった天使のように喜びの声をもらした。

ハイボールを飲んでみますか?と差し出されたグラスに彼女はニコリ。

「おいしい。バーで飲むハイボールって違いますね」と素直な感想がこぼれる。

「でしょう?」。

田中さんは控えめに、うれしそうに笑った。


しみじみ、おいしい

「ウイスキーは〝時間を飲む〟飲みものだといわれるんです」と田中さん。

ここまで案内してもらって、

それは少しわかる気がした。

熟成についやされる長い時間、

そして楽しむ時のゆったりとした時間。

それらを飲む。

なんと贅沢な飲みものだろう。


すすめられたウイスキーの上質さもあるのだろうが、

田中さんのおかげで、

強い、クセがある、飲みにくい、といった先入観がだんだんと薄れてきた。

人生ではじめて、

しみじみおいしく感じたウイスキーだった。

時間はゆっくり流れていた。

バーから見える美しい庭園のしっとりと湿った感じが、

ウイスキーによくあうような気がした。

ミナミノクニ/地元人が見つけた面白い鹿児島

鹿児島で発行されている観光情報誌の編集スタッフがお届けする鹿児島のウェブマガジン。

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